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最高裁判所第一小法廷 昭和43年(オ)943号 判決 1973年4月05日

上告人

株式会社中川木材店

右代表者

中川藤一

右訴訟代理人

中村健太郎

中村健

被上告人

清原力

平田良男

右訴訟代理人

平田奈良太郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中村健太郎、同中村健の上告理由第一点について。

訴外竹並国次郎は、被上告人清原力の運転する自動車が道路の中央線をこえて進行してくるのを約八五メートル前方に発見しながら、その動向を注視せず、漫然中央線寄りをそのまま進行したものである旨の事実を認めて、竹並に本件事故発生についての過失があるものとし、他方、被上告人清原にも過失があると認めて、原判示の割合による過失相殺をした原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし正当として肯認することができないものではなく、右認定判断の過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断および事実の認定を非難し、さらに、原審の認定にそわない事実関係を前提にして右過失に関する原審の判断の違法をいうものであつて、採用することができない。

同第二点について。

記録によれば、本件の経過は、次のとおりである。すなわち、

被上告人清原は、第一審において、療養費二九万六二六六円、逸失利益一一二八万三六五一円、慰藉料二〇〇万円の各損害の発生を主張し、療養費、慰藉料の各全額と逸失利益の内金一五〇万円との支払を求めるものであるとして、合計三七九万六二六六円の支払を請求したところ、第一審判決は、療養費、慰藉料については右主張の全額、逸失利益については九一六万〇六一四円の各損害の発生を認定し、合計一一四五万六八八〇円につき過失相殺により三割を減じ、さらに支払済の保険金一〇万円を差し引いて、上告人の支払うべき債務総額を七九一万九八一六円と認め、その全額の範囲内である同被上告人の請求の全額を認容した。上告人の控訴に対し、原審において、被上告人清原は、第一審判決の右認定のとおり、逸失利益の額を九一六万〇六一四円、損害額の総計を一一四五万六八八〇円と主張をあらためたうえ、みずから過失相殺として三割を減じて、上告人の賠償すべき額を八〇一万九八一六円と主張し、附帯控訴により請求を拡張して、第一審の認容額との差額四二二万三五五〇円の支払を新たに請求した(弁護士費用の賠償請求を除く。以下同じ。)ところ、これに対し、上告人は右請求拡張部分につき消滅時効の抗弁を提出した。原判決は、療養費および逸失利益の損害額を右主張のとおり認定したうえ、その合計九四五万六八八〇円から過失相殺により七割を減じた二八三万七〇六四円について上告人が支払の責を負うべきものであるとし、また、慰藉料の額は被上告人清原の過失をも斟酌したうえ七〇万円を相当とするとし、支払済の保険金一〇万円を控除して、結局上告人の支払うべき債務総額を三四三万七〇六四円と認め、第一審判決を変更して、右金額の支払を命じ、その余の請求を棄却し、さらに、附帯控訴にかかる請求拡張部分は、右損害額をこえるものであるから、右消滅時効の抗弁について判断するまでもなく失当であるとして、その部分の請求を全部棄却したものである。

右の経過において、第一審判決がその認定した損害の各項目につき同一の割合で過失相殺をしたものだとすると、その認定額のうち慰藉料を除き財産上の損害(療養費および逸失利益。以下同じ。)の部分は、(保険金をいずれから差し引いたかはしばらく措くとして。)少なくとも二三九万六二六六円であつて、被上告人清原の当初の請求中財産上の損害として示された金額をこえるものであり、また、原判決が認容した金額のうち財産上の損害に関する部分は、少なくとも(保険金について右と同じ。)二七三万七〇六四円であつて、右のいずれの額をもこえていることが明らかである。しかし、本件のような同一事故により生じた同一の身体傷害を理由とする財産上の損害と精神上の損害とは、原因事実および被侵害利益を共通にするものであるから、その賠償の請求権は一個であり、その両者の賠償を訴訟上あわせて請求する場合にも、訴訟物は一個であると解すべきである。したがつて、第一審判決は、被上告人清原の一個の請求のうちでその求める全額を認容したものであつて、同被上告人の申し立てない事項について判決をしたものではなく、また、原判決も、右請求のうち、第一審判決の審判および上告人の控訴の対象となつた範囲内において、その一部を認容したものというべきである。そして、原審における請求拡張部分に対して主張された消滅時効の抗弁については、判断を要しなかつたことも、明らかである。

次に、一個の損害賠償請求権のうちの一部が訴訟上請求されている場合に、過失相殺をするにあたつては、損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額をこえないときは右残額を認容し、残額が請求額をこえるときは請求の全額を認容することができるものと解すべきである。このように解することが一部請求をする当事者の通常の意思にもそうものというべきであつて、所論のように、請求額を基礎とし、これから過失割合による減額をした残額のみを認容すべきものと解するのは、相当でない。したがつて、右と同趣旨において前示のような過失相殺をし、被上告人清原の第一審における請求の範囲内において前示金額の請求を認容した原審の判断は、正当として是認することができる。

以上の点に関する原審の判断の過程に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(下田武三 大隅健一郎 藤林益三 岸盛一 岸上康夫)

上告代理人中村健太郎、同中村健の上告理由

第一点 <略>

第二点 一部請求と過失相殺

原判決は民事訴訟法一八六条および訴訟物の解釈に関する法令の違背があり、且つ判決に理由を附せず、又は理由に齟齬ある場合に該当する。

一、被上告人清原の第一審における請求は記録上

(一) 治療費 二九六、二六六円

(二) 逸失利益 一一、二八三、六五一円のうち一、五〇〇、〇〇〇円の一部請求

(三) 慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円

の合計三、七九六、二六六円であることが明らかである。

ところで清原は原審において昭和四一年一一月二日附帯控訴により請求を拡張して、逸失利益の請求額をさらに四、二二三、五五〇円加算し、弁護士費用七〇〇、〇〇〇円を新に請求した。

これに対し上告人は清原の附帯控訴に対し加害者および損害を知つたときから三年を経過しているとして消滅時効の完成を主張した。

そこで原審判決は右の慰藉料は七〇〇、〇〇〇円が相当であると認定し、また治療費および逸失利益については竹並と清原の過失の比率を三対七と認めて、治療費、逸失利益の認定額合計九、四五六、八八〇円について過失相殺をし一〇分の三である二、八三七、〇六四円を認容しているのである。

二、しかし、清原の逸失利益については第一審で請求している分と、附帯控訴により請求を拡張した分とを分けて考える必要がある。

原判決はこの点について「原告清原は当初三七九万六二六六円の損害賠償を請求し、その内訳として逸失利益による損害総額一、一二八万三、六五一円のうち一五〇万円、療養費全額二九万六、二六六円、慰藉料全額二〇〇万円と主張しているが、その趣旨は右療養費および慰藉料が全額認容されることを前提として右逸失利益を請求三七九万六、二六六円に合致させるべく一五〇万円と主張しているにすぎなくて、仮に療養費や慰藉料が全額認容されない場合には、逸失利益については一五〇万円にとどまらず右総額の範囲内で右請求額に達するまで、右認容された療養費、慰藉料の額との差額を請求しているものと解する。」としている。

三、しかるに右見解には何ら理由が附されていないしまた法令の解釈を誤つた違法があると思料する。

(一) 理由不備の主張

清原は第一審において逸失利益の全額を摘示しそのうち一、五〇〇、〇〇〇円を請求すると明示している。すなわち逸失利益はあくまで一、五〇〇、〇〇〇円しか請求していないのであるから訴訟構造上それ以外は全く審判外にあるはずである。

それならば何故療養費や慰藉料が全額認容されない場合には逸失利益については一、五〇〇、〇〇〇円にとどまらず右総額の範囲内で右請求額に達するまで認容された療養費慰藉料の額との差額を請求しているものと解するのか、右の額の算定自体については当事者の主張に拘束されないのか等の点につき原審の解釈には全く理由が附されていない。

原判決はこの点において民事訴訟法三九五条一項六号の判決に理由を附さない場合に該当する。

(二) 法令違背の主張

原判決は一部請求と過失相殺との関係および民事訴訟法一八六条の解釈につきそれぞれ法令の違背がある。

清原の第一審における逸失利益の請求は全損害額を一一、二八三、六五一円とはじき出し、そのうち一、五〇〇、〇〇〇円について求めた一部請求であることが記録上明らかである。一部請求においてはその訴訟で請求していない部分は全く審判外にあるのであるから、その部分のみについて過失相殺の減額部分に充当することは許されない。

過失相殺は全損害のうちいくらの割合だけの賠償を原告に得させるのが適当かという判断であり、その割合は全損害のうちどの部分についても同率であるべきであるから、どの一部についても等しくなければならない。

右の結論は、一個の債権の数量的一部について求める場合の訴訟物はその債権の一部の存否であつて全部の存否ではなく、従つてその既判力は残部には及ばない(請求していない部分は、判断の過程において判断される額であつても理由中の判断で既判力がない)とするのが一部請求を認める理論的な帰結であることから導かれるものである。

しからば本件の場合一部請求額一五〇万円についてまず清原の過失割合(七割)一〇五万円を減額し、次に附帯控訴による追加請求額四、二二三、五五〇円につき七割の二、九五六、四八五円を過失相殺して減額し、それぞれの請求について三割づつ認容するという順序によるべきである。そうすると逸失利益の認容額は前者が四五〇、〇〇〇円、後者が一、二六七、〇六五円となることになる。

しかし、本件附帯控訴による逸失利益の追加主張は、清原が加害者および損害を知つたときから三年を経過しているので消滅時効が完成し、清原はその請求権を失つている。

すなわち、清原が右腕切断による損害を知つたのは本件事故当時であり、加害者を知つたのもその当時であることが記録上明らかであるから(甲一八、一九号証)、本件附帯控訴(昭和四一年一一月二日提起)は清原が加害者および損害を知つたときから三年以上を経過して提起されており同人はその請求権を失つているのである。したがつて清原に対し逸失利益について認容される額は第一審で一部請求をした一、五〇〇、〇〇〇円の三割である四五〇、〇〇〇円のみであるべきである。

そもそも慰藉料と逸失利益とはそれぞれ独立の訴訟物を構成すると解釈すべきであり、慰藉料と逸失利益の具体的な請求額の主張は民事訴訟法一八六条の申立にあたると解されるから、本件の場合において慰藉料の認容されなかつた額について逸失利益の請求額一、五〇〇、〇〇〇円を超えて逸失利益を認容することは、(仮にそれらの合計が全請求額の範囲内であつても)理論上難しい。

また逸失利益という一個の数量的一部について求める場合の訴訟物はその債権の一部の存否であつて、全部の存否ではなく、従つてその既判力は残部の請求に及ばないと解すべきであり、また前述のように過失相殺の割合は全損害のうちどの部分についても同率で、どの一部についても等しくあるべきであるから、一部請求の場合の過失相殺は本件の場合はじめ請求分一五〇万円の一〇分の七を減額して残額四五万円を認容すべきことになる。

よつて原判決は一部請求と過失相殺の関係について法令の解釈を誤り、且つ民事訴訟法第一八六条の解釈を誤つた違法があり、この違背は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。 (以上)

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